FC2ブログ
クリスチャンブログです。ようこそ。御訪問頂き、ありがとうございます<(_ _)> 著作権は放棄していませんので、無断転載は御遠慮下さい。
  • 03«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • »05
2021年04月05日 (月) | 編集 |

イエス様の御復活、感謝ですね。

人が悪魔に縛られた霊的死の状態から、
神さまの子としての新生の道が拓かれたわけですから。

人間として生まれ生きてる人が
知ろうが知るまいが、、
この十字架の新生の恩寵を、
イエスさま以降の全ての人は受け、

神様、神仏への信仰心により、
悪魔にそそのかされ罪を犯さないような
生き方も出来るようにされた。

自分の決意次第で、、罪の穢れで縛られた魂を、、
清くして、神様に近づいていけるようになれる。

イエスさま以前は、
したくても出来なかったこと。

清い神様と罪の穢れある人の間には、、
大きな隔たりがあって、
神様も、御自身で選ばれた人にしか関与出来ず、。

多くの人は、神様の存在を本気で信じず、
存在を否定的に認識していた。

天地創造の神様を
信じていたユダヤの民すらも、次第に
神様御自身ではなく
ラビの言葉の方を重要視して、彼らを
神様御自身と同等レベルで崇めるようになっていった。

一部のラビらが、自分達を神の代理者として立て、
ラビの言葉に従わないことは、神様に背くのと
同じであると民衆に教え込んでいったせい。

元からアロンの血筋の祭司は、神様御自身から、
土地の嗣業がない代わりに
神様に直に仕え従うことを召命として受けた。

民は、祭司を養うための、10分の1献金を
出来る者はそうしていた。

貧富の差があり献金出来ない、貧しい者もいたけれど、
共同体として、全員が献金を捧げたと、、
神様に見なされていた。


全部の祭司が、満足に食べれたわけではなく
下級の祭司は、上級の祭司に仕え、繋がることで
日々の糧をやっとのことで得ていた。
大祭司アロンの祭司の中でも貧富、力の差が出来ていった。

イエスさまの生きていた時代は、そう言う時代。
信仰心は形だけ、捧げ物の儀式も、規定があるからそうする。
という時代だった。

そんななか、、
日本円で150円になるかならないかの金額なのだけれど、、
全ての想いを込めて、全財産のレプタ2枚、を捧げた老女がいた。

その老女の信仰心を見て
イエスさまは彼女が、誰よりも1番多く捧げた、と褒めた。

神様に捧げるものはお金自体ではなく心。
真剣な心、真心を、、捧げることが本当の捧げ物。
お賽銭、多ければ、願いが叶うと思うのは大間違い。
本物の神様は、お金で心は動かない。

真剣な想いで切実に願うこと、だけよ、。
憐んで頂けるのは、。

たとえ極悪人でも、罪を認め悔いて、
清い生き方を努力しようと決意したなら、
神様は、大喜びで受け入れて下さる。

でも生きるために罪を犯すしかない人や、
悪いと思わず罪を犯し続ける人、、であっても、、
神様は、、絶対に見捨てない。

天地創造の神様は、戻って来るのを待つの、。
いつまでもあなたを待ってる、、と待つの。

人の時で、、1億年でも100億年でも、、
永遠に待っておいでなの。
人間なら、もう帰って来ない。待つの、無理って
諦めるけど、、神様は、、永遠にあきらめない。

全ての人が神様のもとに戻るまで、、待つの。
あなたが、神様にとって、大切な我が子だから、、。


マグダラのマリア



関連記事


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック