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2021年02月10日 (水) | 編集 |

私のアメーバブログにもアップした記事ですが、大事なことなので、こちらにもアップします。


ーーー

記事引用元https://ameblo.jp/myehoshusiah/entry-12655321681.html
『また、やってくれました。教皇 !』ローマ教皇、司教会議上級職に女性を初任命。


転載始め。

ローマ教皇、司教会議上級職に

女性を初任命

【2月7日 AFP】ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇(Pope Francis)は6日、これまでのカトリック教会の慣習を破り、シノドス(世界代表司教会議)の次官補に初めて女性を任命した。シノドスは教義に関する重要な問題を協議する組織で、次官補は投票権を有する。

 今回次官補に任命された2人のうちの1人、フランス人女性のナタリー・ベキャール(Nathalie Becquart)氏(52)は、2019年からシノドスの顧問を務めていた。

ニュース以上。

・・・・・・・・・・・・

ナタリー・ベッカートさんは、フランスのザビエル会衆のメンバーです

ザビエル会衆とは イエズス会の司祭アントニン・エイミューの支援を受けて、レア・モネステスによって1921年にフランスで設立された、

イグナチオの宗教会衆の一員です。

イエズス会自体は女性を受け入れないと決めている。


・・・・・・・・・・



私は反対です。


こう言うと、男女差別だなどと、軽々しく公平性を言う人がいいます。


もちろん 人間は誰でも男女も関係なく神様の前では平等です。

だが、

男女の平等権を持ち込むのはこの場合不適切です。


神事、儀式は過去から言い伝えられた掟があるのです。


モーセの時代から、兄アロン家の男子で無ければ

祭司になれなくなったのです。


ローマカトリックは、聖典を旧約聖書と新約聖書と定めています。


旧約聖書にそのような事が書いていますから、

今までの定めを破るのは反キリストです。


どうして、女性が祭司になれないのか?


その詳しい理由を聖書では記録されていません。


出エジプト記や申命記やレビ記などに

書かれているからダメというのです。


だめなものはダメと言うしか無いのですが、。


理由はあるのです。


今まで誰も教えてもらっていない事?!。


創世記には、人類最初の人は男性のアダムでした。


神様が直接、戒めを与えたのはアダムにでした。

エバはその後です。間接的にでした。

神様→アダム→エバ。


創造の順番もアダムが先でエバは後でした。


そのエバに戒めを破るようにそそのかし誘惑したのは聖書上

蛇と描かれたサタンでした。


蛇は神様の戒めを妨げエバに自分の言葉を信じさせたのです。

神様は善悪知るの木から取って食べれば死ぬ、と言い、

サタンは取って食べても死なない、と言いました。


新約聖書でもこう書かれています。


テモテへの手紙一/ 2章 12節~14節

女が教えたり、男の上に立ったりするのを、私は許しません。むしろ、静かにしているべきです。

なぜなら、アダムが初めに造られ、それからエバが造られたからです。

また、アダムはだまされませんでしたが、女はすっかりだまされて、道を踏み外しました。

以上聖書。


エバはサタンの言葉を信じて食べたのです。

そして、アダムに渡しアダムに食べさせた。


この時の食べるという言葉は暗喩なのですが、それは

割愛します。


神様からの、み言葉の伝達は、アダムが先なのです。

これは差別などと言う事ではありません。


神様がされた行為を人が批判はできません。

さて、エバは神様のかわりにサタンを神様の座に置いたのです。


だから、神様の裁定で祭司は男性だと決めていたのです。


もし、神様が先にエバに戒めの、み言葉を与え、サタンがアダムを誘惑しアダムが先に食べていたら?


祭司はエバ、、つまり女性になっていたでしょう。


しかし、実際は男性のアダムが先に生まれ先に、み言葉を受けていたし、先に実を食べたのがエバなので、、女性は祭司にはなれない、

のです。


エバは取って食べるなという戒めのみ言葉を破り食べた事、

そしてその上、アダムにも食べさせた。


エバはふたつの罪を負っています。


アダムより罪深いです。


古代ユダヤから、現在まで 祭司、、今は司祭とかいいます。

それは男性のみが受任できる職でした。


それなのに、なぜ 教皇は女性を加えた?


恐らく、現教皇は司祭を女性でも良いとしたい

のです。


女性司祭誕生の布石を打ったのです。


これはもう、反キリストです。


反キリストたちは、

神様からの恩恵や憐れみ、、救いの奇跡を民に表せないように

する、仕組みを作ろうとしています。その一環でしょう。


カトリックは 昨今、 葡萄酒の聖なる儀式を排除か?勝手に省略している事が ままあります。


み言葉は神様から男性の教皇へ、、それからその下の枢機卿、司教、それからその下への流れです。

そこに、女性が入るとなると、

神様の恩恵が止まります。


;;;;;;;;;;;;;;;

アブラハムの時も、ヤコブの時も、モーセの時もダビデの時も、

イエス様の時も直に神様の前に立つ人間、、祭司は男性と決まっていたのでした! 


女性には、悪いけど 信仰は儀式なのです。

一般的な社会活動とは異なります。それを理解願います。


儀式は決められた掟があるのです。

掟は神様のものだから、、人が変えてはいけません!


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

プロテスタントにおける

女性牧師制度に関しては、積極的には

批判しません。

でも、最善だとは思いません。

イエス様の時代、12弟子よりもはるかに聖書を

読んで知っていた女性はたくさんいました。


聖書を教えようと思えばできる女性は多くいたでしょう。

長く出血で悩んでいた女性、イエス様に高価な油を塗布し自分の

髪でぬぐった女性。

イエスさまの袖を引っ張った女性。

他にも賢い女性はいました、、しかし彼女らは男性の上に立って

演壇に登り教えようとはしませんでした。


創世記にこうあります。

創世記/ 2章 18節

また、神である主は言われた。「人が独りでいるのは良くない。彼にふさわしい助け手を造ろう。」


助け手とは、奴隷ではありません、支配される者でもありません。

主体として存在する男性の足りなさを補う大切な役割があります。


ユダヤ、イスラエルの女性は皆それを知っていました。

・・・・・・・・


だから、積極的に教会の主体として 活動するというより、

そっと 助けていく 役割なら良いと思います。


主体となる男性が、女性より能力が足りない事はまま、あるでしょう。

だからこそ!その足りなさを女性が助け手として計らう事が

神様から見て尊いと思うのです。


以上!

転載終わり


ーーーー
転載記事に補足として

キリスト教の母体である
ユダヤ教の男子聖職者、祭司は、、
アロンの子らで男子。

アロンの血筋をもつ祭司に娘しか生まれなかった場合のみ、長女が、同じアロンの血筋、同族から婿を取ることをしたでしょうけど。

通常、祭司の娘は、自分を愛してくれる人、他氏族にもお嫁に行っても嗣業がないので良いとされていたけれど、大体、同族親族同士で婚姻をしていたと思います。

ようはユダヤの女性は、
大体父方の氏族、同族と婚姻していたのですが、その意味は??女性は、婚姻前は父に属し、婚姻後は夫に属するということです。
人間、個人としては男女は平等ですけれど、。

女性は男性に属し従う立場なのですね。

ぞれは最初の女性エバが先に原罪を犯し、アダムにも罪を犯すよう、そそのかして原罪の実を与えたことで、男性アダムより倍の罪を犯し負ったので、

罪を犯さなかったアダムより不従順であったわけですから、罪を償いのため、女性の頭は男性で、男性の頭は第二のアダムであり教会の頭でもあるイエス様です。

いくらこの世的に権力がある教皇でも、教会の頭であるイエス様以下です。

勝手に神様の定めを変えるのは良くない。

イエス様は、、マグダラのマリアと婚約し彼女の罪を赦し、罪赦された彼女と共に御子をもうけることで、無原罪の血筋、神様につながる血筋を、この世に残そうとされましたが

ユダヤ人らの不従順のために、マグダラのマリアとは婚約までで婚姻の儀式をすべて完了させれませんでした。

次善の策として、霊的な儀式、聖餐式を行い、弟子たちを、霊的なイエス様の血族、神様側の所有者とみなしました。

規定された儀式を継続することで、神様の所有者とみなし神様からの祝福、恩恵の対象となれるようにと、、イエス様は、聖餐式を、弟子らに施し、同じように行うようお命じになりました。

でもカトリックは、勝手に葡萄酒の配餐を取りやめているので、アブラハムが鳥を割かずに未完成の儀式となり、サタンが先に半分を奪って、御使いが残りの半分を火で浄め聖別したように、、、霊的儀式を半分はサタンが奪えるようにしています。

間違いに気づいてたら、葡萄酒も信徒に配餐するんです。

半分の信徒は、自己の信仰心の度合いにより、サタンの誘惑を受け、負けたらサタンの所有になるでしょう。

未完成の儀式は、行えば行うほどサタンが力を持つ。

知らず知らず、、とはいえ
なん世代もサタンに捧げられた儀式のせいで、カトリックは、腐敗だらけになった。

悪魔が信徒の半分に関与できる儀式をしているのだからしょうがない。

神様は、信仰心の高い半分の信徒しか祝福出来ない。世代を重ね、未完成の儀式を受け続ければ、受け取れる祝福は減り続けていく。


聖書内で祭司の娘では
モーセの妻ツィポラ(チィポラ)がいます。
彼女はミディアンの祭司エテロの娘。

この聖句。
彼女はツィポラは、とっさに石刀を手にして息子の包皮を切り取り、それをモーセの両足に付け、「私にとって、 あなたは血の花婿です」と叫んだので、主は彼を放された。


ツィポラが、モーセの息子エリエゼルに割礼の儀式をしました。ツィポラが、エリエゼルに割礼をするのを遅らせて割礼せずにいたので、

モーセに責任を問い、
モーセの長子ゲルショムを、神様が殺そうとしたので
ツィポラは、慌ててエリエゼルに割礼をし、、

自分ではなく夫のモーセが割礼をしたことの印として、モーセの足にエリエゼルの包皮をつけました。

ツィポラが反対したせいでエリエゼルの割礼が遅れていたのですが、それを決めた責任は妻の頭である夫モーセの責任であるので、

モーセの祝福の象徴である長子ゲルショムが殺されそうになりました。

ツィポラは、そういう事が起きるかもしれないことは予測していて、儀式用の石刀を常に帯刀していたから、迅速な対応ができたのです。

サラッと書かれてますがツィポラは自分の生んだゲルショムが殺されそうになって、助けるに、、一刻を争うような状況でした。

ツィポラが自分のせいで、そうなったことを理解していなかったら、こうは動けなかったでしょう。

妻の罪の責任はそれを許した夫が負いま
す。

男性は女性の頭であり、神様の祝福と御言葉は男性アダムから女性エバに御言葉が伝えられたように、霊的な筋道は男から女へ、、と決まっています。

プロテスタントで、女性の牧者もいますけれどプロテスタントでは万民祭司の理念があり、按手礼を受け、霊的な権威は認められてはいても信徒と牧者は同等という規定です。

聖書を勉強して、信徒にわかりやすく教える義務はある。

でも階級制度はないので、、男女問わず牧師個人の信仰心が、、低俗なレベルだと、自分が教会の社長のように思考し、教会を私物化する。


カトリックでは教皇を頂点とする階級制度があり、。

高位の役職に女性がつくことは、男性の上に女性を置くことで、
この世的には男女平等であり問題はないことでも霊的な摂理、決まりごとの点、

神様から男へ、男から女へ、と御言葉が伝えられる、、ことから見ると、

女から男へということになり、神様の祝福を受けれなくなる構造です。

神様が定めたことは理由があるからそうなって居るので、人側の都合で勝手に慣例を変えては行けない。

マグダラのマリア
    

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