2018年07月12日 (木) | 編集 |
創世記
22:1 これらのことの後で、神はアブラハムを試された。神が、「アブラハムよ」と呼びかけ、彼が、「はい」と答えると、
22:2 神は命じられた。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」
アブラハムは、、神様から、厳しい命令を受けます、。
自分のかわいい息子、一人息子を生贄にしなさい、。と、、
アブラハムは、色々苦しみ思い悩んだはずです、。
いくら相手が神様だって自分の子を殺せと言われて、
2つ返事でハイとは言えません。
平気で言えると言う人がいたら思い切り親としての神経ズレてます、。
自分の子を愛していません、モノとしてしか見てないです。
また、産めばいい、、みたいに、。
事故や病気で、子を失うのとはわけが違います、。
自分の手で、愛する子の生命を断てと、言われたわけですから、
苦しくないわけがないのです、。
私なら、自分の命を差し出せるものなら、
自分の子供の身代わりになりたいと思います。
アブラハムも、同じでしょう、。
アブラハムも、、赤い血の通った人の子なのですから、。
信仰者だから、2つ返事で、イサクを捧げることに
アブラハムが同意したと教える牧師は多いようですが、
我が子を平気で殺すような悪魔のような心を持つ輩を、
神様は使命者に選びません、。
アブラハムは、ソドムとゴモラの背徳の町に住む、
とんでもない人が多い中に、
もし、10人、善い人がいたら、その人達の故に、、
ソドムとゴモラの町を滅ぼさないで欲しいと、、神様に、とりなして
願うくらい、人を思いやる気持ちが強い人ですから、、
我が子に対しては、それ以上の愛情があったと思うのです。
サラが、ハガルが生んだイシュマエルを家から追い出すように言った時、
聖書は、このことはアブラハムを非常に苦しめた。、と記録しています。
家から追い出すだけでも、非常に苦しめたのだから、
自分の手にかけるとなれば、苦しいどころの比ではないでしょう、
我が子に手をかけるくらいなら、
自分の命を息子の代わりに差し出したほうがマシだと思ったと思います。
神様に、自分の命を代わりに捧げます、と、即座に申し出たでしょう、。
でも、自分の思いはそうでも、神様の命令は、イサクを、、なのです。
アブラハムは、辛く苦しかったでしょう、。
年寄り子で、やっと正妻サラから生まれ得た、、、
可愛い跡継ぎ息子、我が子に手をかけないといけないなんて、。
最終的に神様の命令に対してアブラハムは納得が出来ない命令であっても、、
神様に従順に従うことを選びます。
創世記
22:3 次の朝早く、アブラハムはろばに鞍を置き、献げ物に用いる薪を割り、二人の若者と息子イサクを連れ、神の命じられた所に向かって行った。
22:4 三日目になって、アブラハムが目を凝らすと、遠くにその場所が見えたので、
22:5 アブラハムは若者に言った。「お前たちは、ろばと一緒にここで待っていなさい。わたしと息子はあそこへ行って、礼拝をして、また戻ってくる。」
朝早く起き、この聖句は、
アビメレクやヤコブが、幻の中で、神様と語らったあとで書かれています。
この時、アブラハムも、同じように、、
朝方まで神様と色々と幻の中で対話をしていて、、
ごく普通に眠ることが、出来なかったのでしょう。
神様が語られた内容が、内容ですから、、。
苦しくて、辛くて、自分が身代わりになっても、、と
上で書いたように、
この時に、すでに神様に幾度もアブラハムは申し入れていると思うのです、、
多分、儀式を失敗した、あなたではイサクの代わりの
捧げ物にはなれない的な返事を神様からされて、、
それでも、アブラハムは神様に、なんとかならないのですか、、と、
ソドムとゴモラの時の、とりなしたときのように、、
神様に食い下がるように、朝方まで願っても、
神様の答えは、イサクを、ということだったわけで、。
朝まで、神様に従うべきだろうけど、辛い、と悶々しながら、、
イサクを捧げるしかないのか、、と、、
アブラハムは苦渋の選択をします、。
アブラハムがいた場所からモリヤの山までは、
聖書辞典によると、ベエル・シェバからモリヤの地までの距離は80キロ。
人はあるきでおよそ時速4キロ、1日10時間歩いたとして、40キロ、。
普通、早朝の涼しい時間から日没近くまで12時間以上歩いたはずですから
だいたい遅く見積もっても2日もあればつく距離でした。
それを、わざわざ、3日かけたのです、。
これがイエス様の3日後の予型となりましたが、、
少し行っては休んで、少し行っては休んで、、アブラハムは、、
モリヤの山に着くのを、少しでも遅らせ時間稼ぎしたかったのでしょう、。
出来ることならイサクを、自分の手にかけたくはなかったからです、。
神様は、仕え女ハガルから生まれたイシュマエルのことをも忘れずに
祝福すると約束されたから、、アブラハムは、サラの言う通りにして
イシュマエルを手放したけれど、、、。
今回は、イサクに関しては、なんの保証も、、
神様から与えられてないわけですから、
出来ることなら、イサクを手にかけたくない、、
それが親としてのアブラハムの本心です。
イサクを捧げたあと、アブラハムは、
我が子を手にかけて生きてはいられないから、と、自分も自害するつもりで、
若者たちをモリヤ山の頂上まで同行させなかったのではないか、
と、最近思うようになりました。
モリヤの山は禁足地だけど、
ふもとまで若者を連れて行くのは大丈夫なはず、、
でも、山のふもとまで連れて行っておいて
頂上まで連れて行かないのは不自然だし若者に怪しまれる。
アブラハムは泣きそうな気持ちを抑えてたのでしょうし、
山が近づくにつれ、辛くて心が騒いでどうにもならない状態になっていたと思います。若者たちに苦しい心を悟られないように自制するのも、
いっぱいいっぱいのところまできていたのではないかと思うのです。
若者たちを連れて行けば、後継ぎのイサクに手をかける時に止めに入るでしょうし、そうでなくても、アブラハムが自害しようとしたら、それこそ止めるでしょうから、どちらにしても、彼らを連れてはいけなかったのですね、。
ロバがいるのだし、連れて行く若者は1人で、十分なはずなのに2人です。
自分たちが、2人共、丸1日、戻らなければ、
なにかあったとして、若者たちは、アブラハムとイサクを探しにいくと思われます。
若者を2人連れて行ったのは、、アブラハムも自害した場合、
イサクの遺体もあるし、若者1人では、アブラハムの遺体をロバに載せて、
背中にイサクを背負って、、になるので、
その状態で、さらにロバを引いて、サラのもとへ帰れないですから、。
創世記
22:6 アブラハムは、焼き尽くす献げ物に用いる薪を取って、息子イサクに背負わせ、自分は火と刃物を手に持った。二人は一緒に歩いて行った。
22:7 イサクは父アブラハムに、「わたしのお父さん」と呼びかけた。彼が、「ここにいる。わたしの子よ」と答えると、イサクは言った。「火と薪はここにありますが、焼き尽くす献げ物にする小羊はどこにいるのですか。」
22:8 アブラハムは答えた。「わたしの子よ、焼き尽くす献げ物の小羊はきっと神が備えてくださる。」二人は一緒に歩いて行った。
イサクは賢い子でした。
捧げる子羊がいないこと、、で、、
自分が、捧げられるのではと気づいたから、
アブラハムに生贄の子羊はどうするのですか?と聞いたのです、。
自分のお父さんが、信頼している神様を、イサクも、信頼し、
父親アブラハムを愛し信頼していたから、イサクは逃げ出さなかった、。
そして年取ったアブラハムに縛られるまま、、にされた、。
アブラハム、100歳を超えたおじいさんです、。
イサクは、若くて元気です、。
縛られそうになって、おとなしく縛られる子供なんていません、。
ましてや、縛られようとしたところで、、
自分が生贄にされることが、わかるわけだから、、
いくら子供だって殺されることくらい、わかりますから、、
本能的に逃げるのが当たり前です。
よしんば縛られても、大騒ぎして、恐れて泣き騒ぐのが普通です。
聖書には、イサクが泣いたということさえ記録がありませんから、
イサクは、子供なりに、生贄にされて死ぬ覚悟をしていたわけです。
おそらく、この時、イサクは、旅がなんとか出来る年で、
薪も背負える年齢なので、7歳くらいだと思われます。
数えでの7歳なので、今でいうと、5,6歳です、。
パワフルな年齢なので、鬼ごっこしても、なかなか捕まりません、。
イサクが走り去って逃げなかったのは、
アブラハムを信じてされるがままにして従ったからです。
イサクは、父親を信じ、また、父親が信じている神様をも信じて
自分が死んでしまうかもしれないことさえも、
おとなしく、心静かに受け入れていたのでした、。
まるで、、イエス様のように、。
創世記
22:9 神が命じられた場所に着くと、アブラハムはそこに祭壇を築き、薪を並べ、息子イサクを縛って祭壇の薪の上に載せた。
22:10 そしてアブラハムは、手を伸ばして刃物を取り、息子を屠ろうとした。
アブラハム、神様から助けがあるとは思ってもいないでしょう。
自分が、生贄の鳥を裂かなかったこと、生贄の祭儀の手順を間違えたことで、このことを招いたことを、誰よりも痛感していたのですから、。
でも罪を犯した自分自身では購えないのだから、
イサクを贖いとして差し出すように言われて、
どんなにか自分の犯した罪を悔いたでしょう。
鳥を裂かなかったことを、ささいなことだと、、油断したこと、。
この位しなくても大丈夫だろうと、
犠牲を捧げる規定では、鳥は切り裂かないといけなかった、。
でも、小さな鳩の雛や、山鳩であったから、、
アブラハムは裂くのを省略してしまったのでした、。
裂かずに捧げたことで、、
聖別の儀式は中途半端なものとなり、
禿鷹に象徴されたサタンが、生贄を、すぐに奪いに来ました、。
儀式が中途半端だったから、
神様は、日暮れになっても、生贄を受け取られなかった、。
神様は、、受け取りたくても、
アブラハムが規定通りに捧げたものでなかったため、
受け取れなかったのです、。
暗闇が覆ったというのは、、
サタンの手に一旦は落ちたことを意味します。
アブラハムの儀式が間違いであったから、
アブラハム自身も、この時点で、
自分が儀式を失敗したことに気づいたでしょう、。
第一、神様が、捧げたものをすぐに受け取らなかった事自体が変なのですから、。
アブラハムが、自分の過ちに気づいたときに、、
神様の哀れみによって、御使いを遣わし闇は、火で追い払われて、
生贄の半分を、聖別し、神様は、生贄をお受け取りになりました。
アブラハムに、儀式の間違いを贖わせることにして、。
アブラハムが間違えた手順で捧げた生贄は、山鳩と鳩の雛、、。
三歳の雌牛はエバの背信の罪のため、、三歳の雌山羊も、エバが犯したアダムに木の実を与えた罪のため、三歳の雄羊は、アダムの犯した罪のため、山鳩と鳩の雛は、、カインとアベル、アダムとエバの子供たちの象徴であったから、
アブラハムは自分の実子を差し出さないといけなくなったのでした。
神様は、理由もなく、理不尽なことはおっしゃいません、。
聖書には、物事の基本となる摂理が書かれてあり、
それに沿って、父さまご自身も動かれています、。
父さまは、ご自身で定められた摂理を曲げるようなこともなさらないからです。
父さまも、好きでアブラハムに自分の子を差し出せと、
命じたかったわけではありません、。
でも、アブラハムは、神様が選ばれた信仰者であり使命者、。
摂理を進めるという大きな役目があります、。
イザヤ
41:8 わたしの僕イスラエルよ。わたしの選んだヤコブよ。わたしの愛する友アブラハムの末よ。
神様は、、アブラハムは、きっと、
信じてくれるに違いない、、。と、信じていたのです、。
アブラハムは、神様から、我が友、、と呼ばれる程に、
神様を信頼して従った人ですから、。
創世記
22:11 そのとき、天から主の御使いが、「アブラハム、アブラハム」と呼びかけた。彼が、「はい」と答えると、
22:12 御使いは言った。「その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、わたしにささげることを惜しまなかった。」
22:13 アブラハムは目を凝らして見回した。すると、後ろの木の茂みに一匹の雄羊が角をとられていた。アブラハムは行ってその雄羊を捕まえ、息子の代わりに焼き尽くす献げ物としてささげた。
アブラハム、本気で、イサクを手にかけて、、
上で書いたように、、その場で、、自分自身も自害するつもりでいました、。
やっと得た跡継ぎの我が子を手にかけたら、、
イシュマエルも家から追い出しているし、
生きている望みが、もうないのですから、。
奇跡的にサラが身ごもったけれど、最初で最後の望み、。
正妻のサラは、、もう子供が産めない、。
イサクを手にかけて、そのまま自分だけおめおめと帰れば、事実を知った
愛する妻のサラは、気が狂ったようになる。それも見るにしのびない、。
サラは、イサクを殺した自分を憎むに決まっている、。
愛する妻に憎まれ、愛する子を失って、サラとは元の状態には戻れない、。
アブラハムに生きる気力なんか残らないでしょう?
もとより、イサクの身代わりで死んでも良いと思っていたアブラハムです、。
自害することに、ためらいなんか起きないでしょう、。
摂理や儀式の規定と個人的な信仰の思いは別だから、
いくら自分が犠牲になっても良いと思って神様に申し上げても、
自分にその資格が無ければ父さまは受け入れたくても受け入れれないのですね。
父さまは、アブラハムのつらい気持ちをご存知でしたから、
父さまは、アブラハムのつらい気持ちをご存知でしたから、
罪がないもの、汚れてないものしか、だめだったから、
いくら愛の気持ち、人情で、神様に、
自分が身代わりになりたいと申し出ても受け入れれない。
今は、100%でなくても完璧な捧げ物となって下さったイエス様ゆえに、
わずかな信仰心でも受け入れて頂けるけど。
当時は、、いくら人情で神様に訴え出ても、
当時は、、いくら人情で神様に訴え出ても、
罪あるままでは、正当な訴えにならない。
自分が罪を贖って清いとみなされてから。
でも自分自身では罪を購えないし、
でも自分自身では罪を購えないし、
罪を購って下さるイエス様も生まれる以前なのだから、
罪あるままでは、摂理代行者とはなれず、外されることになる、。
神様は、アブラハムを摂理代行者から、外したくはなかったので、
イサクを捧げなさいと、儀式の失敗の罪を贖う方法を指示されて、、
アブラハムは、見事に、父さまの信頼に応えて、悩みながらも、
イサクを捧げる決意をし、自らも死ぬ覚悟で、イサクを奉献しようと決めました、。
アブラハムが、イサクを殺すふりをしたのではなく、
本気でそうしようとしたことは、
アブラハムが刃物を取って手を振り上げたたときに、
御使いが即座に止めに入ったことで、わかります、。
イサク奉献の儀式は、アブラハムが自発的意思により
神様を信じ切って従うこと、
また、イサクも父親に信頼して身を委ねたことで、
親子の信頼と愛情を神様のものに取り戻せたことであり、
当初から、イサクを殺すことが神様の主旨ではなかったのです、。
サタンにより失われた親子関係の愛情による絆を、回復し
神様のものにするためのものでした。
摂理というものは、、サタンにより奪われたものを、
神様の選んだ使命者が、取り戻して、
原初の天地創造の状態に人の姿を回帰するためのものです。
アダムとエバ、、アダムはエバのせいにして、夫婦愛を、失いましたし、
カインは弟アベルを憎み殺したことで兄弟愛を失い、
親を悲しませたので、親子愛も、同時に失われたことになります。
アブラハムとイサクは、親子愛、親子での信頼を神様に示し、
信仰を立てて親子愛を神様のものに取り戻しました、。
アブラハムがイサクを捧げることが、
神様の主旨ならば、イサクを助けないです、。
神様への信頼と従順さを示せたなら、その瞬間、イサクを捧げたのと同等とみなされるわけですから、、実際に捧げるものは、、神様への信頼の心、愛の想いなのです。
知恵の書
10:5 諸国の民が一致して悪事を謀り、混乱したとき、/知恵は一人の義人に目を留めて、/神の前にとがのないよう守り、/わが子への情に打ち勝つ力を与えた。
知恵は、聖霊のことです。義人はアブラハムのことで、我が子は、イサクのことです。
アブラハムは聖霊に助けられながら、イサクを愛している気持ちと、神様への忠誠、どちらを取るか、、となった時に、神様への忠誠を立てて、イサクと自分自身の命を神様に差し出そうとしてたのでした。
アブラハムはすんなり、心傷まずにイサクを奉献出来たわけではなく、苦しみながらの従順と忠誠、、の選択の結果であって、、。
その、大きな苦しみが、あるからこそ、彼が神様に立てた信仰は価値が高く、神様から我が友アブラハム、と言われ、多くの祝福を得、彼の子孫にまで及ぶ悠久的な祝福を得れました。
アブラハムの信仰が尊いのは、、
自分がすんなり納得行かないような神様からの指示、御命令であっても、
苦しみつつも、神様の御意志を最優先事項として選んだことです、。
それが出来なかった例がカインです。
カインは、神様が自分ではなくアベルを選んだことに納得が行かず、
神様の御意志を最優先とせずに、自分の怒り憎しみの思考を優先させたために、弟アベルを殺すという大罪を犯しました。
カインは神様の選びを、納得行かなくても受け入れて、弟アベルを仲介者として、新しい捧げ物を再度捧げ直し、神様の御意志を最優先するべきでした。
カインも摂理の実行者として選ばれていたのでした。
アダムとエバが神様から離反したのと逆、神様から見捨てられ無視された状態を耐えて受け入れ、神様の御意志を第一とすること、、。
カインは出来ませんでした、。
自分のほうが苦労したのに、
なんでアベルだけ、あいつがいなければ、、と考えて
自分の思考を実行してしまいました、。
婚約者のマグダラのマリアがいたイエス様でさえ、十字架の前に、
私の願い(十字架が退けられ、肉の家族、友、愛する人と共に生きれること)ではなく、
あなたの御心(十字架の救い)が行われますように、
と、、 へりくだられ、御自分の願いを神様の御心より下に置かれましたから、。
私達、人が、自分の思考や願いを聖書の規定や父さまの御心よりも最優先するのは間違いということです。神様の御意志、御命令が最優先事項です。
逆に思考すれば、神様の御命令、御心を、自分が理解不能でも
アブラハムがしたように最優先事項として、信じて守るなら、、
良しとされるということなので、、
アブラハムは、祭儀の規定の細かいことまで勉強して覚えてないと行けなかったですけど、現代では難しい神学や、聖書の勉強をしたりしなくても良いわけです、。
神様からの一番最後の人への直の御命令は?これです。
マルコ
9:7 すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する子。これに聞け。」
これ、はイエス様のことです。
イエス様は人でもあるけど、神様の愛する御子だから、
イエス様の御命令に聞き従いなさい、。ということですね。
アブラハムのように、、神様に、そして現代ではイエス様の、
御命令と御心にも、従順に従うことが、アブラハムのように祝福されることです、。
自分の思考中心ではなく、神様中心の思考、生き方をしましょう、。
人間的情の信仰であると、、
口先では、 神様、神様、、イエス様、、と言いつつ、
人間自身の思いを中心にしているので、どこかで必ず間違うことになり、
人間自身の思いを中心にしているので、どこかで必ず間違うことになり、
時として、聖書に反した事を言い出すことになりかねないです。
それが起きるのは、聖書の摂理の流れを理解できていないからです。
また感情論は、、批判のための批判になりやすいです、。
イエス様の与えられた御命令は、、隣人を愛しなさいですね、。
隣人愛があれば、、隣人に危害や悪意のあることはしないのですから、。
イエス様の御命令は、まさに平和を作り出す御命令ですね、。
マグダラのマリア
この記事へのコメント
マリアさん、こんにちは。
改めて記事を読んでみて、一言ひとこと、私の心の中にすっと入ってきます。聖書を読んだだけでは、細やかな人間の感情までは書かれていないので、人によって色々な受け取り方ができるのですね。
私は日々、神様の御旨はどこにあるのだろう、ということを考えて行動しています。神様の御心が、私(人間)の感情や思いとは別のところにある、ということを実感したことがあるからです。人間中心の考え方も、愛が中心にあるのですが、時に過ちも犯してしまいます。
私は、身近な人の中にイエス様を感じるようにしています。そして、自分第一ではなく、身近な人の心を大切にしたいと思っています。それは、理性的な愛だと理解しています。
マリアさんの聖書理解は、とても勉強になります。過去記事も、少しずつ読ませて下さいね。
改めて記事を読んでみて、一言ひとこと、私の心の中にすっと入ってきます。聖書を読んだだけでは、細やかな人間の感情までは書かれていないので、人によって色々な受け取り方ができるのですね。
私は日々、神様の御旨はどこにあるのだろう、ということを考えて行動しています。神様の御心が、私(人間)の感情や思いとは別のところにある、ということを実感したことがあるからです。人間中心の考え方も、愛が中心にあるのですが、時に過ちも犯してしまいます。
私は、身近な人の中にイエス様を感じるようにしています。そして、自分第一ではなく、身近な人の心を大切にしたいと思っています。それは、理性的な愛だと理解しています。
マリアさんの聖書理解は、とても勉強になります。過去記事も、少しずつ読ませて下さいね。
2018/07/26(Thu) 13:08 | URL | akari #79D/WHSg[ 編集]
> お千代さん
コメントありがとうございます、。
自己の選択を信じ自信を持って生きること
大切です、。
コメントありがとうございます、。
自己の選択を信じ自信を持って生きること
大切です、。
2018/07/27(Fri) 23:40 | URL | Mary Magdalene #79D/WHSg[ 編集]
> akariさん
コメントありがとうございます、。
>身近な人の心を大切に、
人の心を思いやる、大切ですね、。
コメントありがとうございます、。
>身近な人の心を大切に、
人の心を思いやる、大切ですね、。
2018/07/27(Fri) 23:45 | URL | Mary Magdalene #79D/WHSg[ 編集]
> Mary Magdaleneさん
> Mary Magdaleneさん
> Yhoshuahさん
道理で、シンクロするように似てると思った。
>ほとんどの信仰者は、そんなめでたい思考はしていません、。
>決めつけは良くないと思います、。
人に与えられる義は、
神が見捨てず愛し赦し導くという信仰の義です。
それを得るための人の条件は
人が神に対して正直であることだけです。
絶対の神の義相当を与えられるような
義人はいない、人もいない。
恐ろしい勘違いです。
だから神が人に与えた義を、分かるはずもないのに、
”神の義が分かるかのように”正しいと言ってはいけません。
それは、人が、分かっていると、神の前に自らを高める行為です。
神を恐れず決めつけているのはお二人です。
ヨシュア氏は
神が分かるという自分信仰のために壊れつつあります。
人間性で分からないことは
分からないと言う選択しか人間にはありません。
> Mary Magdaleneさん
> Yhoshuahさん
道理で、シンクロするように似てると思った。
>ほとんどの信仰者は、そんなめでたい思考はしていません、。
>決めつけは良くないと思います、。
人に与えられる義は、
神が見捨てず愛し赦し導くという信仰の義です。
それを得るための人の条件は
人が神に対して正直であることだけです。
絶対の神の義相当を与えられるような
義人はいない、人もいない。
恐ろしい勘違いです。
だから神が人に与えた義を、分かるはずもないのに、
”神の義が分かるかのように”正しいと言ってはいけません。
それは、人が、分かっていると、神の前に自らを高める行為です。
神を恐れず決めつけているのはお二人です。
ヨシュア氏は
神が分かるという自分信仰のために壊れつつあります。
人間性で分からないことは
分からないと言う選択しか人間にはありません。
2018/07/29(Sun) 08:36 | URL | st5402jp #79D/WHSg[ 編集]
> st5402jpさん
だから、、
あなたの持論は、あなたの場所でなら、
自由に言いたいように言えば良いです。
自己責任においてですが、。
ここで、、私にまであなたの持論を押し付けるのは、
やめてくださいね、。
それと、Yhoshuahさんは、男性で既婚者です。
私のネットのクリスチャンのお友達ですが、、、、
私はバツイチの子持ち女で別人です。
似てると言われてもね、。
聖書をよく読むクリスチャンなら似た思考をしますけどね。
それから、普通の思考をするクリスチャンは、
あちこちふらついて、ここがおかしい、とか
批判などをしに行ったりとか、
持論の押し付けもしません、。
胸に治めて、密かに神様に気づきと救いを祈るのみです。
聖書にこのように書いてあるからです。
ロマ書
12:19 愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」
と書いてあります。
あなたご自身が、父さまの位置に立って、
行動し、人を貶め批判している自己矛盾に気づいていない、。
だから、、
あなたの持論は、あなたの場所でなら、
自由に言いたいように言えば良いです。
自己責任においてですが、。
ここで、、私にまであなたの持論を押し付けるのは、
やめてくださいね、。
それと、Yhoshuahさんは、男性で既婚者です。
私のネットのクリスチャンのお友達ですが、、、、
私はバツイチの子持ち女で別人です。
似てると言われてもね、。
聖書をよく読むクリスチャンなら似た思考をしますけどね。
それから、普通の思考をするクリスチャンは、
あちこちふらついて、ここがおかしい、とか
批判などをしに行ったりとか、
持論の押し付けもしません、。
胸に治めて、密かに神様に気づきと救いを祈るのみです。
聖書にこのように書いてあるからです。
ロマ書
12:19 愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」
と書いてあります。
あなたご自身が、父さまの位置に立って、
行動し、人を貶め批判している自己矛盾に気づいていない、。
2018/07/29(Sun) 09:17 | URL | Mary Magdalene #79D/WHSg[ 編集]
st5402jpさん
一言、忠告をしておきます、。
私に批判目的で、関わると、、、
私は、この件に関しては執り成して祈りませんので、
私の本意ではなくても、私を守るものによって、、
あなたが打たれる場合がございます、。
早めに退いて、私に対し批判には来ない方が賢いです。
以上、忠告を致しました。
マグダラのマリア
一言、忠告をしておきます、。
私に批判目的で、関わると、、、
私は、この件に関しては執り成して祈りませんので、
私の本意ではなくても、私を守るものによって、、
あなたが打たれる場合がございます、。
早めに退いて、私に対し批判には来ない方が賢いです。
以上、忠告を致しました。
マグダラのマリア
2018/07/29(Sun) 09:19 | URL | Mary Magdalene #79D/WHSg[ 編集]
キリスト者が
他者を脅迫をすることはない。
マグダラのマリアというHNに惹かれて見てきたが、
聖書のマグダラのマリアは、
呪いをかけたりはしない。
脅迫したりもしない。
いかなる権威の立場によっても
威丈高に物を言ったりはしない。
神はいつまでも黙って見ているわけではない。
他者を脅迫をすることはない。
マグダラのマリアというHNに惹かれて見てきたが、
聖書のマグダラのマリアは、
呪いをかけたりはしない。
脅迫したりもしない。
いかなる権威の立場によっても
威丈高に物を言ったりはしない。
神はいつまでも黙って見ているわけではない。
2018/07/30(Mon) 04:52 | URL | st5402jp #79D/WHSg[ 編集]
ようやく、この命、捧げる覚悟も出来ました。
殺したければ殺せばいい。
記事にしました。
殺したければ殺せばいい。
記事にしました。
2018/07/30(Mon) 04:57 | URL | st5402jp #79D/WHSg[ 編集]
> st5402jpさん
こんばんは。おはようですかね。
そろそろお黙りなさいね。
ここは私のサイトです。
言わば私のお家です。
人の家に批判という名の土足で上がり込むのはマナー違反です。
批判のための批判をするための
押しかけ訪問は止めましょう。
先にアブラハムの記事が気に入らないからと
聖句の提示もなく、神様をないがしろにする論を受け入れるよう強要し、
記事内容を変えるよう批判コメントをして来られたのは、あなたが先です。
私は私の持論を変えないと何度もお答えしているのにしつこいです。
こんばんは。おはようですかね。
そろそろお黙りなさいね。
ここは私のサイトです。
言わば私のお家です。
人の家に批判という名の土足で上がり込むのはマナー違反です。
批判のための批判をするための
押しかけ訪問は止めましょう。
先にアブラハムの記事が気に入らないからと
聖句の提示もなく、神様をないがしろにする論を受け入れるよう強要し、
記事内容を変えるよう批判コメントをして来られたのは、あなたが先です。
私は私の持論を変えないと何度もお答えしているのにしつこいです。
2018/07/30(Mon) 05:58 | URL | Mary Magdalene #79D/WHSg[ 編集]
続き
私は、脅してはおりませんの。
本当にそうだから言ったまで。
私は父からマグダラのマリアの名を受け、
霊的な護りも与えられていますので、
批判を続けるとほんとに打たれます。
怪我や不本意なことなど何が起きるかは私には詳しくはわかりませんが、。
ここを批判したあと、
歩けなくなったり、転んだり、物損事故を起こしたり、高熱が出たりというようなことは、御本人が削除されたサイトでつぶやいておいででした。
2年程、クリスチャンを棄教するよう批判されましたが、。
最終的にここに来て何かするたび熱が出たりするようになったらしく、
批判に来るのは止めて下さいました。
私は、脅してはおりませんの。
本当にそうだから言ったまで。
私は父からマグダラのマリアの名を受け、
霊的な護りも与えられていますので、
批判を続けるとほんとに打たれます。
怪我や不本意なことなど何が起きるかは私には詳しくはわかりませんが、。
ここを批判したあと、
歩けなくなったり、転んだり、物損事故を起こしたり、高熱が出たりというようなことは、御本人が削除されたサイトでつぶやいておいででした。
2年程、クリスチャンを棄教するよう批判されましたが、。
最終的にここに来て何かするたび熱が出たりするようになったらしく、
批判に来るのは止めて下さいました。
2018/07/30(Mon) 06:10 | URL | Mary Magdalene #79D/WHSg[ 編集]
続き
霊能者とおぼしき人が、私が
マグダラのマリアの名前を名乗っていることに腹を立て、霊的に霊力で打ち攻撃したから熱が出る。これに懲りて反省しなさい!と内緒でゲストブックに書かれたこともありますけど、
微熱さえも出ませんでした。鏡に映った御自分に攻撃してたのでしょう。
このように過去に色々ありまして、私は悪意の念から事実、護られていますので嘘偽りでは無いのですよ。
脅しや嘘と思いたいのでしょうけど、残念ながら。
それらは呪いではなく、私が悪意を受け取らずに御いることで本人の悪意が本人に返ったからです。
霊能者とおぼしき人が、私が
マグダラのマリアの名前を名乗っていることに腹を立て、霊的に霊力で打ち攻撃したから熱が出る。これに懲りて反省しなさい!と内緒でゲストブックに書かれたこともありますけど、
微熱さえも出ませんでした。鏡に映った御自分に攻撃してたのでしょう。
このように過去に色々ありまして、私は悪意の念から事実、護られていますので嘘偽りでは無いのですよ。
脅しや嘘と思いたいのでしょうけど、残念ながら。
それらは呪いではなく、私が悪意を受け取らずに御いることで本人の悪意が本人に返ったからです。
2018/07/30(Mon) 06:12 | URL | Mary Magdalene #79D/WHSg[ 編集]
続き
今まであなたをクリスチャンの兄弟と思い、お相手もしてお返事しておりましたが、あなたがクリスチャンのサイトをここが変だと批判して回って、あなたの軍門に下らない場合は、ストーカー行為でノイローゼになるくらい攻撃批判していた事を他のクリスチャンの記事から知ったのでね。
あなたをクリスチャンの兄弟だと思わないことにしましたので。
悪意を持って批判を続けるとご自身の悪意が跳ね返って何が起きても知らないですよ。と、
あなたを心配して、悪意で批判にこない方が良いです。と忠告したまでです。
クリスチャンならこういう批判めいた思考や行動はしませんし、、。
今まであなたをクリスチャンの兄弟と思い、お相手もしてお返事しておりましたが、あなたがクリスチャンのサイトをここが変だと批判して回って、あなたの軍門に下らない場合は、ストーカー行為でノイローゼになるくらい攻撃批判していた事を他のクリスチャンの記事から知ったのでね。
あなたをクリスチャンの兄弟だと思わないことにしましたので。
悪意を持って批判を続けるとご自身の悪意が跳ね返って何が起きても知らないですよ。と、
あなたを心配して、悪意で批判にこない方が良いです。と忠告したまでです。
クリスチャンならこういう批判めいた思考や行動はしませんし、、。
2018/07/30(Mon) 06:14 | URL | Mary Magdalene #79D/WHSg[ 編集]
続き
クリスチャンだと言うなら
御自分の受洗年月日と、洗礼を受けた所属教会名と牧師の上の名だけで良いので書いて下さいな。
イエス様の公生涯や、アブラハムが義人であること、
イエス様が神様でもあり人でもあることは、教会学校でも教える内容なので教会に所属して洗礼を受け牧師の説教を聞いてたら疑問に思うことも無い基本的な知識です。
私は19歳で受洗しましたが17の半ばで求道しましたので、足掛け35年ほどクリスチャンをしてますが、聖書を読み始めたのは12歳頃からです。あなたの信仰と同じ期間、聖書を読んでいます。
私が理解できてる基礎的な内容をあなたが分からないのは、あなたが教会に通って牧師から教理を学んで居ないからです。
クリスチャンだと言うなら
御自分の受洗年月日と、洗礼を受けた所属教会名と牧師の上の名だけで良いので書いて下さいな。
イエス様の公生涯や、アブラハムが義人であること、
イエス様が神様でもあり人でもあることは、教会学校でも教える内容なので教会に所属して洗礼を受け牧師の説教を聞いてたら疑問に思うことも無い基本的な知識です。
私は19歳で受洗しましたが17の半ばで求道しましたので、足掛け35年ほどクリスチャンをしてますが、聖書を読み始めたのは12歳頃からです。あなたの信仰と同じ期間、聖書を読んでいます。
私が理解できてる基礎的な内容をあなたが分からないのは、あなたが教会に通って牧師から教理を学んで居ないからです。
2018/07/30(Mon) 06:15 | URL | Mary Magdalene #79D/WHSg[ 編集]
> st5402jpさん
最後に、
あなたは他のクリスチャンの兄弟の信仰の友のことまで知らない、配慮しない、と、他のクリスチャンに言ってましたから、
もともと教会には興味もなく行かず、独学で聞きかじった程度の聖書の知識では聖書の聖句の議論が出来ないから、人間至上主義思考で思考して、
アブラハムは義人ではないとしておくのが謙遜で人間的だと言ってました。
でもね、それは神様が清めたものに清くないといい、正しいとしたものに正しくないとする、
反聖書、反キリスト思考となるので、神様が大好きな私の思考とは相容れません。
立ち去って御自分の場所で持論展開されて下さいね。
私の批判記事、あなたのサイトでなら、お好きに、罪が重くなるだけのこと。
でも批判コメントや記事書いておいて、
更に押しかけ訪問する神経も理解不能ですが、。
持論に同意しないクリスチャンを敵視してストーカー行為してるだけって感じます。
最後に、
あなたは他のクリスチャンの兄弟の信仰の友のことまで知らない、配慮しない、と、他のクリスチャンに言ってましたから、
もともと教会には興味もなく行かず、独学で聞きかじった程度の聖書の知識では聖書の聖句の議論が出来ないから、人間至上主義思考で思考して、
アブラハムは義人ではないとしておくのが謙遜で人間的だと言ってました。
でもね、それは神様が清めたものに清くないといい、正しいとしたものに正しくないとする、
反聖書、反キリスト思考となるので、神様が大好きな私の思考とは相容れません。
立ち去って御自分の場所で持論展開されて下さいね。
私の批判記事、あなたのサイトでなら、お好きに、罪が重くなるだけのこと。
でも批判コメントや記事書いておいて、
更に押しかけ訪問する神経も理解不能ですが、。
持論に同意しないクリスチャンを敵視してストーカー行為してるだけって感じます。
2018/07/30(Mon) 07:01 | URL | Mary Magdalene #79D/WHSg[ 編集]
続き
自分が注意されたら荒らしだと大騒ぎして、自分は荒らし的行為してるのって自己中思考ですよ。
自分は何しても良いけど人はダメって論だし。
交わることを目的とせず批判目的の方のお相手するのは嫌なので来ても良いけど批判的コメントは、もうしないで下さいね。
ここの管理人としてあなたの批判目的のコメント禁止を正式に要求します。
改善されない場合、
ヤフーの方に名指しで誹謗中傷してるので
誹謗中傷目的でブログを利用してます。注意して下さい。
と通報します。
自分が注意されたら荒らしだと大騒ぎして、自分は荒らし的行為してるのって自己中思考ですよ。
自分は何しても良いけど人はダメって論だし。
交わることを目的とせず批判目的の方のお相手するのは嫌なので来ても良いけど批判的コメントは、もうしないで下さいね。
ここの管理人としてあなたの批判目的のコメント禁止を正式に要求します。
改善されない場合、
ヤフーの方に名指しで誹謗中傷してるので
誹謗中傷目的でブログを利用してます。注意して下さい。
と通報します。
2018/07/30(Mon) 07:03 | URL | Mary Magdalene #79D/WHSg[ 編集]
注意では済まされないことをしました。
逆らうと脅迫してくるなどというキリスト教ブログはあり得ないです。
お経のような説教めいた御託、醜いです。
教祖のいる仲間ぼめブログ。
逆らうと脅迫してくるなどというキリスト教ブログはあり得ないです。
お経のような説教めいた御託、醜いです。
教祖のいる仲間ぼめブログ。
2018/07/30(Mon) 08:59 | URL | st5402jp #79D/WHSg[ 編集]
批判と誹謗中傷の区別のつかないようでは、聖書もどう読んでいるのか極めて疑問です。
2018/07/30(Mon) 09:00 | URL | st5402jp #79D/WHSg[ 編集]
> st5402jpさん
私は手を洗いました、。
あとは、私の活ける神なる父ご自身が、御判断、御采配なさいます、。
私が間違いであれば、父に打たれるのは私です、。
それは、マリアの名を受けた時に、神様に不従順をし続けたら
打たれるし、背き内容によっては、肉体が滅びることも、是としてお答えしたので、。
書き忘れていましたが、もし、
あなたが正しいなら、あなたには何も起きないでしょう。
父さまは、公平なお方なのでね、。
訴えるものが、たとえ、サタンでも、言い分が正しければ、
その言い分を聞き、公平に裁かれます、。
私は、神様を貶めるようなことを押し付ける方と
なんら議論はしたくないので、批判的コメント禁止を通告しました、。
改善なき場合は、ヤフーに通報しようと思っていますので、そのおつもりで、、。
私は手を洗いました、。
あとは、私の活ける神なる父ご自身が、御判断、御采配なさいます、。
私が間違いであれば、父に打たれるのは私です、。
それは、マリアの名を受けた時に、神様に不従順をし続けたら
打たれるし、背き内容によっては、肉体が滅びることも、是としてお答えしたので、。
書き忘れていましたが、もし、
あなたが正しいなら、あなたには何も起きないでしょう。
父さまは、公平なお方なのでね、。
訴えるものが、たとえ、サタンでも、言い分が正しければ、
その言い分を聞き、公平に裁かれます、。
私は、神様を貶めるようなことを押し付ける方と
なんら議論はしたくないので、批判的コメント禁止を通告しました、。
改善なき場合は、ヤフーに通報しようと思っていますので、そのおつもりで、、。
2018/07/30(Mon) 10:00 | URL | Mary Magdalene #79D/WHSg[ 編集]
一方的で、これは、議論とは言いません。
記事にて批判を続けます。
記事にて批判を続けます。
2018/07/30(Mon) 10:31 | URL | st5402jp #79D/WHSg[ 編集]
> st5402jpさん
反キリスト思考のあなたと議論するつもりはありません、。
私の名指しで批判記事を書かれてましたね、。
批判的なコメントを入れないように、と言ってるにもかかわらず、
批判を続けるぞ、と暗に脅す態度、。
やってる行動、ストーカーと同じなんですけど、。
自覚ございます?
はぁ、。来ないでとか、コメント入れないでと言われたら、
やめますけど、。
もともと、良識あるクリスチャンは、そういう批判すると脅すことしないし、、常軌を逸脱しています、。
自分が、私の上に立って、あれこれ指図し出来たら、
手のひら返して、、批判はやめて、黙るかおだてるか、するのでしょうけど、。
あいにくと、私は神様には逆らいません、。
あなたの反聖書的な持論には死んでも同意しません。
こちらの話、完全無視で、持論の押しつけと
批判が嫌なら、軍門に降るようにと、いう手口で、
クリスチャンの中で、柔順で、心弱くおとなしい人を
ノイローゼにしてきたわけで、、仕方ないので、、、
生きてる人の判定も仰ぐべきですかね、。
反キリスト思考のあなたと議論するつもりはありません、。
私の名指しで批判記事を書かれてましたね、。
批判的なコメントを入れないように、と言ってるにもかかわらず、
批判を続けるぞ、と暗に脅す態度、。
やってる行動、ストーカーと同じなんですけど、。
自覚ございます?
はぁ、。来ないでとか、コメント入れないでと言われたら、
やめますけど、。
もともと、良識あるクリスチャンは、そういう批判すると脅すことしないし、、常軌を逸脱しています、。
自分が、私の上に立って、あれこれ指図し出来たら、
手のひら返して、、批判はやめて、黙るかおだてるか、するのでしょうけど、。
あいにくと、私は神様には逆らいません、。
あなたの反聖書的な持論には死んでも同意しません。
こちらの話、完全無視で、持論の押しつけと
批判が嫌なら、軍門に降るようにと、いう手口で、
クリスチャンの中で、柔順で、心弱くおとなしい人を
ノイローゼにしてきたわけで、、仕方ないので、、、
生きてる人の判定も仰ぐべきですかね、。
2018/07/30(Mon) 11:30 | URL | Mary Magdalene #79D/WHSg[ 編集]
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