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2016年01月20日 (水) | 編集 |
某教えでは、人間は死んだら無になると説いてますが、、

結論だけ先に言えば、、無にはなりません、。

↓こんなことが当たり前の教理になっているようですが、。
現代は、、聖書で預言された通り終わりの時代だから、
近いうちにハルマゲドンが起こって多くの人類は滅ぼされる。
しかしその時にエ○バの証人だけは生き残る。

ハルマゲドンの後は世界は楽園となり、
神の力により、過去に死んだエ○バの証人と、
ハルマゲドン以前にエ○バの証人の伝道を受けず死んだ一般人は蘇れる、。

でも、一度でもエ○バの証人の教理を学んだ人が信者にならず、
受け入れずに拒んで死んだ場合は、、絶対に生き返らない。 

楽園では肉食動物が変化して草食動物になり、
毒蛇は毒がなくなり、エ○バの証人は不老不死となって永遠に生きられる。
というもので、、、。

人間が死んだら、死後の世界には天国も地獄も無く、
人が死ぬと人間の肉体と魂も消滅して、
人間の存在そのものが無くなる。つまりは無となる、。

死後の世界とは何も無い滅びの世界で、
エ○バの証人になる人だけが楽園で蘇り生き残る、、。


で、もし、、どこかにおかしいと疑問を持っても、
バプテスマを受けて正規信者なった信者が、
そこの組織の聖書解釈とは違う、
自分なりの聖書解釈をする事は原則禁止で、。

へたなことを言うと背教者、背徳者として破門されるようだし、
破門=楽園で甦れないということなので、、大騒動になる、。

だから、これもしかして違うかも、、
と考えたことも無いのでしょうけど、。
考える事=破門=楽園喪失なんだし、、、。
大騒動になりますね、。

まぁ、、最初に言っておきましょう、。
私、エ○バさんに、合計2回関わっています、。
まだ、新世界訳の聖書がなかった時代に、ですが、、、。

一回目、小学校低学年のとき、二回目、高学年になってから、。
二度も、けっぽっちゃいましたけど、イエス様に救われてます、。


何かの本で、読んだことですけど、
確か海外の人のことだったかな、。

たしか、その人はエホバの神様を信じてはいたけど、
その人の信じていた教えでは、
イエス様は被造物の一人だから、と教えられていて、
イエス様が神様の御子であり、
神様であるということ
信じていなくて、、。

イエス様の名によって祈ることは決してしなかったし、
キリスト教会も異端の教えだとして、避けていたと言います、。

人が、、死んだら、全てが消えて、
霊も魂もなくなって、人としての意識も
消え失せる、、と信じ切っていたらしいです、。

でも、何かの病気をして手術をして、
出血多量かなにかで死にかけた時に、
身体から、もう一人の自分が抜け出て、、
手術されている自分を見ていたのだと、いいます、。

そのあと、、暗闇の中に落ちていって、、
どこからか声がして、
真実を見なさい、。そして信じる者になりなさい。
と言われたそうな、、。

自分の身体から、もう一人の自分が抜けだして天井にいて、
そこで起きたことを見ていたので、、
あとで身体に戻れて蘇生してから、、、、

見たことが事実だったとして確認もし、、
その人は死んだ後でも、人の霊も魂も消えない、。
人の命は永遠のもの、と確信して、、

それまでは煙たがっていた、
家の傍のキリスト教会へ行くようになり、イエス様に救われた、。
という話を読んだことがあります。


さて、、、聖書にはどう書いてあるでしょうか?


創世記
1:2 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。

2:7 主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。

6:3 主は言われた。「わたしの霊は人の中に永久にとどまるべきではない。人は肉にすぎないのだから。」こうして、人の一生は百二十年となった。

7:22 乾いた地のすべてのもののうち、その鼻に命の息と霊のあるものはことごとく死んだ。

ヨブ  33:4
33:4 神の霊がわたしを造り/全能者の息吹がわたしに命を与えたのだ。

神様は、霊です、。
人の親である神様が、霊なのですから、
人にも、神様が与えた命の霊が宿っています、。

創世記6:3で、神様は、
人に吹き入れたのは、私の霊(神様の御霊)であると、
はっきりおっしゃっています、。

新世界訳では、同じ箇所では、、

 3  その後エホバはこう言われた。
「わたしの霊が人に対していつまでも定めなく働くことはない。
彼はやはり肉であるからだ。したがってその日数は百二十年となる」。

と、わたしの霊が人の中に永久にとどまるべきではない
と書かれているところが、
わたしの霊が人に対していつまでも〈中略〉働くことはない。と、
編纂されているようですが、。

神様が人に与えた神様の御霊は、永遠性があるものです、。

永久に
肉体に、とどまるべきではないと、
神様ご自身が、そう仰っています。

人の魂も霊も、神様ご自身が分け与えたものであり、
永遠に存在しているものです。

永遠に罪に苦しんだままでは不憫だからと、、
人の真の命は、、永遠だからこそ、罪からの救いが必要なのです、。
一代限りで、人の存在も霊も消える程度のものであるならば、

原罪も、一代限りで、喪失していく類のものとなるでしょう、。
それなら、救う必要はないでしょ??
死んだら無で、存在死で人生終わりなら、、
救わなくても別に大きな問題はない、。

それと、、楽園が出来た時に、
全世界中の、今までの何も知らないまま死んだ亡者と、
生きてて教えを知らない人と、死んだ信者とが、
一気に、この地上で蘇ったら、歩くところがなくなるんですけど、。

物理的に無理です、。容量不足、。
↓昔、書いた黙示録で死者が全員蘇る、、ところの関連記事です、。

死後の世界への移行


生きている人側からみたのでは、
死者が蘇ったように見える、、。
聖書の記述は、、正しい、。


マグダラのマリア






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コメント
この記事へのコメント
No title
2016/1/20(水) 午後 0:51さん、前に言っていますね、。
一番大切にするべきは家族です、。
2016/01/20(Wed) 21:19 | URL  | Mary Magdalene #79D/WHSg[ 編集]
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