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クリスチャンブログです。ようこそ。御訪問頂き、ありがとうございます<(_ _)> 著作権は放棄していませんので、無断転載は御遠慮下さい。
2021年03月27日 (土) | 編集 |
私の思考は単純明快。

神様、大好き❤と、、

神様ー、一緒に、、永遠に、お側に居たい❤と

神様が助けて下さるから、大丈夫❤と

全部、神様へのラブコール、、苦笑

ひまさえあれば、、
お父さん〜。お父さん〜。
神様〜神様〜。

あれこれ、、
何でも話して、一人でルンルンしてます。

苦笑。

神様に、、想いを向けることは、
私にとって息をするようなこと。
神様のことを考えないほうが少ない。


神様の祝福というものは、、
一度選ばれ祝福されてても、、、、
不信仰になってしまったら、祝福を失う。

その前に、失うまでの猶予期間、、が発動する。
神様は、憐れみ深いので、心から悔いて、
行いを改めたなら、決定済みのことでも、思い返される。

その帰順すべき猶予期間が過ぎたら、、
祝福は、ほかへ移動する。

ようは、、祝福の対象者になれたからって
安心して眠りこけて、なんの準備も仕事もしないでいたら、、
神様に招かれた、イエス様とマグダラのマリアが
婚礼を行なうお祝いの部屋には入れず、追い出される。

クリスチャンになれたから
あとは神様に心を向けなくても適当に、、
教会に行ってればいい。所属してればいい。
献金してればいい。奉仕してればいい。

形だけの信仰生活を続けてたら、、
神様の祝福を失う。

ユダヤの民が受けつぐ予定だった
神様の民としての祝福は、、
イエス様を拒否して退けたせいで、、
イエス様に従う原初のクリスチャンに移った。

でも原初クリスチャンからカトリックに移行し、
カトリックが金と権力におぼれて堕落していき、、、
ルターが宗教改革をして、カトリックから分裂した、。

分裂分派は、、人が不信仰な時に起きる。

すでに500年過ぎゆきた、、
神様が、すでに過ぎた分と同じだけ
長期間、まだまだ忍耐されるのだろうか、。
もうあまりカトリックには猶予期間は無いように私は思う。

カトリックが不信仰と神様にみなされ。
神様に想いを向けなくなって少なくても、もう500年、、5世代分。

アブラハムの儀式が、鳥を割かずに失敗し
アブラハムの子孫が償いのために
苦労した年数が430年で、4世代分ですし。
約100年分、1世代分も多いし、
猶予の期限切れが近いかも、、。と


アメーバブログも、更新しました。


マグダラのマリア



2021年03月19日 (金) | 編集 |
今の世の中って、

正しい側だったものが、、お金のために、
あくどいことでも、隠れて行って、
正しいというのは建前に成り下がってる事実があって、、

嫌だなあ、って思っています。

私がノイローゼになり、
児童相談所や家庭支援センターを利用してた時代は、
子供達への善意と愛情で、満ちている人が多くいて、
私の子供達も、そういう愛情深い人達により

支えられたり癒やされたり、
たくさん、助けて頂いていました。

現代は、違ってきてて、
児童相談所は、、正義の味方ではなくなり、
虐待される子供達の救いの道ではなくなりました。

本当に保護が必要な虐待されている
子供達は保護されません。
代わりに、大して虐待していない、
全然虐待していない、
ただの過失、程度の育児ミスをした
親の子供を取り上げて18まで親には返しません。

昔は一時保護の措置や、施設入所時に、
親の同意書が必要でした。
今は、親の同意書がなくても、
虐待してる親だという事実を書類上で
作りあげてしまえば、緊急措置扱いで不要です。

子供には親が嫌ってるといい。
親には子供が会いたくないと言ってると、
それぞれに嘘を言って、親子の関係を破壊します。

それを聞いて親に捨てられたと絶望した子が、児童相談所で、
自殺しようとしたという、ひどい話を聞きました。

子供が、児童相談所内での事故?で
頭蓋骨の陥没骨折して、親が面会を求めても、
虐待したからだめと言って、テコでも
親に面会をさせなかったとかいう話も聞きました。

ツイッターで読んだものでは、
迷子になって探している間に、警察に連れていかれて
警察が児童相談に通報して、子供の保護義務を怠けた、とかで
虐待だって、、子供を怒鳴って威圧したら、もう虐待。

昔からの日本の古風な親のあり方からしたら
なにそれ?っていう理由で、虐待親の出来上がり。

私は今は子供が大きいので、全然、怒鳴る必要ないのですが、
子供が小さい時に、タクシーや車に飛び出すので
天使の羽を付けて、それでも逃げ出そうとしていたから、怒鳴ってました。

周りから、天使の羽付けてると、犬みたいねと、
聞こえよがしにいう、おばちゃまが居たりしまして
逃げ出そうとされると余計にイライラして怒鳴ってたりしました。

育児は、親が子を育てる、一方通行ではなく
子のあり方、成長を見て、親も喜び、共に成長していくことです。
完璧に近い育児を頑張れる人もいれば、ノイローゼになる人もいれば、
周りから助けられ、サポートされることで頑張れる人もいて、
育児の方法は、色々とあり、100人100色、100通りです。

子供への愛情がない場合は、虐待に近いことをする
可能性が高いので、周りのサポートや働きかけが必要です。

児童相談所や、擁護施設は、
親が心が病んだり潰れそうな時の
育児のサポートや、親子の架け橋、
親子関係の回復などをする場であるべきで

厄介払いや、面倒を見るのを押し付ける場所ではないです。
日本人の高齢者は、海外の高齢者と違い
寝たきり老人になるパターンが高いです。

食事の欧米化による慢性的な病気、成人病の発症。
散歩したり楽しみ、趣味などを持つ経済的理由余裕が持てない。
家族と別れて独りで居住していて孤独。経済的に苦しい。

色々な理由で、人生が愉しめない日本になってて、、
寿命的には昭和時代より、長生きだけれど、
充実感とか、人生を愉しんで活きているか、といえば
先行きの不安が頭から消えず、

昭和時代の高齢者より楽しくないのでは?

貯金しても利子つかないし、具合悪くても
どこかで働かないと生きれないし、
お墓や法事、財産分与、
自分の死後の事まで思い悩むことが多いし、

上級国民以外は、ただ生きるというだけでも、
しんどいのでは??

歩いているだけでも、もし、人にぶつかって
相手が転んで、足腰を骨折したら、
治療費プラス介護施設代も、欲しいと
思ってしまうかもです。

私の亡き母は、自転車でぶつかられて
転んで骨折して手が腫れてても、膝擦りむいても
大丈夫って返事して、病院行って自分で治療費払って
人からお金むしり取るような行為はしなかった。

馬鹿だなと思う人もいるかもしれないけど
私は、そういう奥ゆかしさのある私の母を誇りに思う。生んでくれてありがとうね、
お母さん、。私は、、生まれて来れてよかった。
貴女が私のお母さんで、よかった。

母が亡くなってもう、13年、。
あっという間。。
まだまだ母が逝った日が、昨日のことのように、
忘れれない。

逢いたいと思ってしまいます。

親子家族の絆は尊く、深い。
神様が、与え定めたものだから、。

通常、新生輪廻を繰り返し、
お互いの立場を変え、別の関係になり変え
生きていた間の失敗を償い、、相互で感じていた苦しみを理解し
失敗した関係を修復し改善するよう修業みたいな
いくつも課題クリアしないと行けなくなったりする。

マグダラのマリア




2021年03月07日 (日) | 編集 |

記事引用元


11月27日 同じ日に2つの家族が死んだ(前編)
2021年2月25日事件

twitterfacebookline
今から3か月前の2020年11月27日。
東京・町田市の住宅で70代の夫婦が遺体で見つかった。
同じ日、遠く離れた九州・大分県では、シングルファーザーと高校生の1人娘が部屋の中で亡くなっていた。
現場の状況から、いずれも心中とみられることが分かった。
仲のよい家族に何があったのか。なぜ、命を絶ったのか。

いま、全国各地で相次いでいる心中について、
「はっきりとは分からないが、何かが起きている」。
そう思いながら、取材を続けている。

※亡くなった方の名前は仮名とさせていただきました。

(社会部・警視庁担当 安藤文音/社会番組部ディレクター 藤原和樹)

中略

住宅で亡くなっていたのは、夫の武志さん(75)と妻の洋子さん(73)。警察の捜査で、武志さんが洋子さんの首を絞めて殺害したあと、自らも命を絶ったとみられることが分かった。
しかし、2人に一体何があったのかは、まだよく分からなかった。
私たちは、周囲の人たちにまずは話を聞くことにした。

仲のよいおしどり夫婦だった
70代の夫婦なら介護サービスを利用していたかもしれないと思い、地元の高齢者支援センターを訪ねたり、民生委員に会ったりして話を聞いた。

しかし、皆が「よく知らない」という。それでも、聞き込みを続けて、かつて働いていた工務店を突き止めることができた。ここでようやく、2人の人生が少しずつ見えてきた。

夫婦は50年以上前にそれぞれ地方から上京してきたという。
仕事をきっかけに出会い、結婚。長男と長女の子ども2人が生まれ、絵に描いたような幸せそうな家族だったようだ。



武志さんは腕のいい職人として土木工事やビルの建設を担当。70歳ごろまで現役で働き続けた。
家の近くの夏祭りでは、毎年、やぐらを組み立てる作業を手伝い、地域の人からも頼りにされる存在だったという。

職場の元同僚に話を聞くと、妻の洋子さんは、武志さんの健康を気遣って薄味の弁当を毎日作っていたという。
2人は、どんな時も支え合い、「おしどり夫婦」という言葉がまさにぴったりだった。

武志さんが勤務していた工務店の会長・小関松男さん
「けんかしているところなんて、見たこともないよね。無駄使いもせず、給料もほとんどは貯金していたんじゃないかな。どこにでもいる、ありふれた家庭だったかもしれないけど、ほんとにいい夫婦だったよ」


武志さんは、社員旅行で全国各地を訪れていた。そこに洋子さんや子どもたちを一緒に連れて行くこともあったという。
探し出してもらった20年ほど前の四国旅行の写真には、輝くような笑顔があふれていた。

その夫婦がなぜ、命を絶ったのか。この時点で私たちは、まだよく分かっていなかった。さらに、親しかった知人や親族を探して訪ね歩くということを繰り返した。


そして、3年前にある出来事があったことが分かった。夫婦は、まだ働き盛りで40代後半だった長男をガンで亡くしたのだ。洋子さんは最愛の息子を失って精神的に落ち込み、入退院を繰り返すようになった。

それ以来、夫の武志さんは妻の身の回りの世話をつきっきりでするようになったという。

武志さんの弟が当時の状況を話してくれた。



武志さんの弟
「洋子さんのズボンを履かせることまで、兄貴が手伝ってあげていたからね。自分が見なきゃいけないという気持ちが強かったのだろうし、『大変なんだ』という弱音は絶対吐かなかったよね」

武志さんは、洋子さんが入院中、毎日のように面会に訪れていた。
そして、少しでも症状が落ち着くと、毎週のように自宅に連れて帰ったという。

病院から自宅に帰る時は、武志さんがいつも運転して送り迎えをしていた。助手席には洋子さん。そして玄関では、結婚して別の場所に住む長女が、2人の孫と一緒に出迎えた。
  
みんなで食べるのは、いつも長女の手作り料理だった。
夫婦はこの時間をなによりも大切にしていて、武志さんは、近くにあるなじみの理髪店でいつもうれしそうに孫のことなどを話していたという。


近所の理髪店経営 田村國雄さん
「孫に関しては、本当にかわいくてかわいくてね、どうしようもなかったみたいだよね。孫たちが家に来ることが一番楽しかったようで。孫がうるさいと言いながらも、うれしくってしかたがないっていう感じでしたよね」

武志さんは、頭にパーマをかけていた。かつては理髪店に来ると、毎回3時間ほどかけて髪の毛を整え、家族の話をしていたという。

ただ、妻・洋子さんの介護が必要になってからは、パーマはやめて短時間で済む短髪にしていたようだ。少しでも、妻のそばにいたかったのかもしれない。息子を亡くして精神的に落ち込んだ妻の洋子さんだったが、武志さんや長女、それに孫に囲まれて少しずつ、症状も落ち着いてきたという。


緊急事態宣言後、閑散とした街
しかし、そんな生活が大きく変わったのは去年の春だった。
新型コロナウイルスの感染が拡大し、全国に緊急事態宣言が出された。

このころ、武志さんはもし自分がコロナに感染すれば、入院している洋子さんに面会できず、自宅に連れて帰ることもできなくなってしまうと、外出を極力避けるようになったという。

妻以外には誰とも会おうとせず、家の中でもマスクをするなど感染対策には本当に気をつけていたようだ。


武志さんの弟
「お菓子や野菜を買って持って行こうとしたが、兄からは『だめだ、今は来るな』と言われたんだよね。コロナが心配だからだというわけ。そのうちに俺も、万が一感染してうつしてはいけないと思って、会いに行くのをやめてしまった。コロナのことが頭にあるからだんだん足が遠のいてしまったんだよね」

以前は毎週のように実家に帰っていた40代の長女も高齢の両親への感染リスクを考えて、ほとんど会わないようにしたという。


長女
「万が一、父や母に感染させてはいけないと思って実家を訪れることは、控えるようになりました。子どもたちも仕事やアルバイトをしていたので、感染させないようになるべく行かせないようにしていたのです。代わりに電話で話して、気にかけるようにはしていたのですが・・・」

それまでは武志さんの弟や娘、それに孫が時々集まってはにぎやかに過ごしていた家は、去年の4月以降、静かになっていった。

ただ、武志さんはほとんどの時間を1人で過ごすようになっていたが妻の洋子さんを入院先の病院から時々連れて帰ることだけは欠かさなかった。   
週末、2人で過ごしている時だけが唯一安らぐ時間だったのかもしれない。

2人だけの時間が・・・
しかし去年10月、さらに、状況が変化することになる。

入院先で洋子さんが骨折。
歩けないほどの大けがで、手術のために別の病院に移ることになったのだ。
転院先では、感染対策のため直接会う面会が禁止されていた。

2人が大切にしていた、夫婦で過ごす時間が失われてしまったのだ。

妻の洋子さんに会えなくなった武志さん。長女によると、この頃からふさぎ込むことが多くなっていたという。

電話をしても「夜眠れない」と落ち込んだ様子で、次第に電話にすら出ないことが増えていった。

夫婦が暮らす地域では、高齢者の見守り活動が盛んだったが、近くに住む人は武志さんたちの変化に全く気づかなかったという。



近所の男性
「そんなに苦しんでいるとは、思いませんでした。町内では年寄りの面倒を見る取り組みも熱心にしているのですが、ほとんどは1人暮らしの人が対象で武志さんのように夫婦で暮らす人については、あまり注意して見ていなかったかもしれません」

夫婦がようやく再会したのは、骨折の手術から1か月後の11月24日だった。

治療を終えてようやく退院した洋子さんを、武志さんは車で自宅に連れて帰った。

武志さんは、歩けない洋子さんを抱えて自宅の階段を上った。
長女によると、入院生活で痩せ細った洋子さんの身体を見て、「かわいそうだ、かわいそうだ」と話していたという。

夫婦は、2人だけの水いらずの時をゆっくりと過ごした。
しかし、時間は十分ではなかった。

3日後には洋子さんが再び、以前いた病院に戻らなければならないことになっていたのだ。その病院も、新型コロナの感染拡大で面会や外泊はできなくなっていた。


洋子さんが病院に戻る前日の11月26日、夜10時半。
武志さんは、長女に電話をかけていた。

武志さんは電話口でこういった。
「お母さんが『ありがとう』って言いたいって」。

電話をかわった洋子さんが長女にひと言だけつぶやいた。
「ありがとう」

長女は、少し前にテーブルを送ってあげたことのお礼かなと思ったという。

そして、「明日、病院に行くのは大丈夫?」と尋ねた。
武志さんは、「大丈夫、大丈夫」といって電話を切った。


翌日、夫婦は予定の時間になっても病院に行かなかった。
連絡が取れず心配した長女が家を訪れると、2人はいつも一緒に寝ていたベッドで亡くなっていた。

武志さんが洋子さんの首を絞めたあと、自分も命を絶ったとみられている。

部屋には、長女に宛てたメモが残されていた。
「孫のことをお願い。1人にしてごめんね」 

長女は、自分にもっとできることがあったのではないかと、今も考え続けていると語った。


長女
「父は優しい人で、『もしコロナに感染して何かあった時に、母を残して行くのがとても心配だ』と話していました。本人たちは、一生懸命何かを訴えていたのかもしれないのですが、コロナで実家にはほとんど行かなくなりました。電話だけでは、本当の様子が分かっていなかったのだと今になって思います」

武志さんと洋子さん夫婦が亡くなる少し前に、自宅には孫からの手紙が届いていた。手紙には「コロナが落ち着いたらまたみんなで会いたいね」という内容が書かれていたという。

願いがかなうことはなかったが、その手紙は家族だけでひっそりと行われた葬儀で、ひつぎに入れられた。

ーーーーー
記事引用終わり

コロナのせいで、家族の絆が分断され、
死ななくて良い命が死んで帰天してゆきました。

幸せな人生の、、最期の最後に
最愛の伴侶と離れ続ける苦しみを我慢し続けるよりは、、と
心中をしてしまった御夫婦。

自殺や心中は人殺しと同じ罪なんだけど、、、
コロナで家族とすら居れない、自由に会えない辛さ、。
そのことで増す孤独感、、。
この御夫婦、、、さぞお辛かったでしょう。。。

父さま、心中は、良くないことだけれど
人の弱さも全て御存知のイエス様、、、
どうぞおふたりを憐れんで下さい。

生きている間、
この人が生きづらい世の中で
おしどりの様に仲良くいられた御夫婦なのだから
なんの悩みもない霊界、天の国では、、
どれだけ笑顔で過ごせるでしょうか、。

コロナが起きなければ、心中したりしないで
済んでいたでしょうに、、。

どうぞ、心安らかでありますように、、。
御冥福をお祈りします。



コロナの今だからこそ、、
家族と関われるよう、共にいる時間を持つことが
必要なのでは?

悪魔は人のもつ家族愛が嫌いなんです。
こわしたい。
だから悪魔に付け入らせないためにも
家族との時間を持ちましょう。


人間は、飢えても水があれば有る程度我慢出来るし、
お腹空いたと思うだけだけど
心の孤独感は、、闇に染まるのが早い。
死ぬことを求め望んでしまいやすい。


マグダラのマリア